
今のスポーツ界に物申す。
スポーツジャーナリズム・競技団体・取り囲むファン・・・、みんなで考えていかなければならないことがいっぱいあります。そんな内容をお届けしてゆきます。
久
しぶりのサッカー観戦 (2006/12/3)
横浜FCのJ2優勝をうけ、今シーズン初めてスタジアムへ足を運んだ。所用もありぎりぎりの到着となったが、優勝・昇格、そしてキャプテン城の引退試合、そしてホーム最終戦であることもあいまって、当日券の発売もないくらいの大盛況であった。
三ツ沢球技場は、国立西が丘サッカー場と同じく非常に小さなスタジアムであり、またピッチからスタンドまでの距離が短く、観戦のしやすいスタジアムだ。
私のルーツでもある愛媛を本拠とする愛媛FCを迎えての1戦は、手に汗握る展開であったが、2-0で横浜FCの勝利で終わり、J2有終の美を飾った。
やはりスタジアムはいい。青い空、緑のグランド、そして満員の観衆・・・。すべてが合わさった時に、スポーツを見るものの心を動かし、非日常の世界に誘ってくれる。
今年もあとわずか。ボールを追う者のドラマは、来シーズンへの予告編に入ってゆく。寒い冬を越して、春が待ち遠しい・・・。
祝!横浜FC J2制覇 (2006/11/26)
2006年11月26日。日本サッカー界において将来語り継がれるであろう日になった。JリーグDivision2、俗に言うJ2を制覇したのがあの横浜FCであったことを・・・。

1999年の元旦、天皇杯優勝という輝かしい成績を最後に、「横浜フリューゲルス」はこの世から消滅した。経営母体であった全日空と佐藤工業(のちに倒産)の業績不振によるクラブ経営難から、同じ横浜をホームとするマリノスと合併をすることとなったからである。合併とはいえ事実上の解散であり、チームの選手たちはその他のチームにばらばらに散っていった。サポーターからは当然のように「チーム存続」を求めた声が上がったが、その声もむなしく合併・解散への道は外れることはなかった。しかし、その声がクラブチームを結成することとなり、横浜FCは紆余曲折ありながらも、新しい市民参加型のチームとして産声を上げた。
親会社の資金援助のないチームには、当然のごとく運営資金が潤沢にあるわけではなく、選手の補強を行うことができないため成績は低迷し、JFLこそ2年連続優勝でJ2入りしたが、その後の5年間はJ1に昇格することなど夢のまた夢のように思えた。また、世間もみなそう思っていたに違いなかった。
そのチームが突然生まれ変わった。プロとしての魂を叩き込んだ選手たち、元日本代表の城と三浦カズの加入である。練習場もクラブハウスもないチームが、これだけの短期間に変われることができたのは、意識の変化に他ならない。プロ選手になるポテンシャルのあるメンバーが、意識改革をすることでこれだけの力を発揮できたことに、今後のJリーグ、しいてはプロスポーツ界に与える影響は半端ではない。ハードも大事だが、ソフトがもっと大事であることに、改めて気付かされたのがこの優勝の意義なのではないだろうか・・・。
「Wings of Fredom」自由の翼を広げて、いまFの遺志を継ぐものたちが勝利をつかんだ。J1という大海原への航海する権利を胸に・・・。